マモンの歴史の大半は失われているが、各巻をとおして、手元にある証拠をもとに歴史の再構築を試みる。ある程度の推測が要求されることは致し方ない。
マモンの起源は来臨後の時代のある時期に始まる。フォールグリムの廃墟から3つの公国が生まれた。粗野な辺境の男爵領であった。絶え間ない衝突と反目によってその成長は阻まれた。
北方では、大量のオーヴァムと聖なる肉によって支えられた神権政治が根付き、東の隣国と戦い、交易した。現在、旧マモンがある場所だ。商人たちは遠方からやって来て、来臨の惨禍の多くを免れていた。商人たちは非常に裕福だった。
こうした東方の商人がもたらした富は地域の再建に貢献した。また、南方の盗賊が冷酷な首領の下で結集するきっかけにもなった。この首領の軍閥は両方の新興王国を略奪し、破壊した。土地を席巻し、両隣国にとって深刻な脅威となった。
軍閥の勢いは、少なくとも戦場においては、止められず、急いで条約が結ばれた。北方の聖職者たちは首領を神格化することを約束した。商人たちは首領の王室財宝として莫大な富を捧げ、やがてマモンとなる王にすることを申し出たのだ。
その見返りとして、首領はいくつかの条項に同意するだけでよかった。北と東の隣国には土地と称号が与えられることになった。そして軍閥の勢いは弱まり、隣国の忠実な臣民とされることになった。
盟約が結ばれ、マモンが建国された。その名は、三つの隣国が互いに分かち合うことに同意した豊かな恵みにちなんで選ばれた。もちろん、この新たな繁栄からすべての者が等しく恩恵を受けるわけではなかったが。
今日我々が知るとおり、裏切られたと感じた民衆の間には長年緊張がくすぶり続けた。さらに、貴族階級はしばしば王家と対立した。こうした緊張とその他の問題については、今後の巻で探求することにしよう。
